大判例

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東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)5872号 判決

債権者 大比良正

債務者 株式会社佐橋商店 外六名

主文

債権者が、保証として、債務者等(但し、債務者株式会社名鑑堂を除く。)のためこの判決いい渡しの日から七日以内に、金壱百万円を供託することを条件とし、次のとおり、命ずる。

(一)  債務者株式会社味岡商店及び同株式会社中善は、一方の(平面電極と上部電極との間に被加工物たるプラスチツクフイムルはプラスチツクシートの複数枚を挾み、両電極に高周波電圧を印加し適度に加圧することによつてこれを熔着し、更に、上部電極の切板(外枠)のみを押圧して、右熔着部分を截断する方法を使用して、ビニール製弗入等を製造し、または、この方法を使用して製造した右物品を販売、拡布してはならない。

(二)  債務者株式会社佐橋商店、同企業組合内山商会、同株式会社中村清商店、及び同株式会社マル正遠藤は、いずれも、前項の方法によつて製造された物品を販売、拡布してはならない。

(三)  債務者株式会社佐橋商店の別紙〈省略〉目録記載(一)の物件、同企業組合内山商会の同目録記載(二)の物件、同株式会社味岡商店の同目録記載(三)の物件、同株式会社中村清商店の同目録記載(四)の物件、同株式会社マル正遠藤の同目録記載(六)の物件、同株式会社中善の同目録記載(七)の物件に対する各占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。

債権者の債務者株式会社名鑑堂に対する本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用のうち、債権者と債務者株式会社名鑑堂との間に生じた部分は債権者の負担とし、その余は債務者株式会社名鑑堂を除く、その余の債務者等の負担とする。

事実

第一当事者の主張

一  債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、「債務者等は、一方の平面電極と尖鋭電極を附加した他方の電極との間に加工物(プラスチツクフイルム、またはプラスチツクシートの複数枚)を挾み、両電極に高周波電圧を印加して熔着し、かつ、同一電極の尖鋭部分をもつて、右熔着部分を指先にて切り離し得る程度に截断する方法を使用して別紙目録記載の各物件を製造し、または、この方法を使用して製造した物品を販売、拡布してはならない。債務者等の右製品及びその製造に使用する金型に対する占有を除いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。」との判決を求め、その理由として、次のとおり、陳述した。

(理由)

(一)  日本高周波株式会社は、プラスチツクフイルムの高周波による同時接着截断の方法につき、昭和二十五年十一月十五日特許を出願し(昭和二十五年願第一四七三四号)、昭和二十七年三月四日公告ののち、翌二十八年一月三十一日第一九七、九三一号をもつて、「プラスチツクフイルムの高周波による同時接着截断法」なる名称のもとに権利の登録を得たが、債権者は、同社から、当時出願中の右特許を受くべき権利の譲渡を受け、昭和二十八年四月一日右特許権について、同社からの移転登録手続を終え、右特許権を取得した。

(二)  しかして、右特許権は、従来プラスチツクフイルムの熔着と截断が全く別個の工程で行われていた加工方法の改良を目的としたものであり、その権利範囲は、「一方の電極の上に高周波絶縁物を置き、これと他方の尖鋭電極との間に加工物を挾み、両電極に高周波電圧を印加し、適度に加圧することによつて尖鋭電極の先端に電気力線を集中し、加工物に極度の歪みを与えて指先で引き離し得る程度に熔断し、尖鋭電極の斜面側で熔着させることを特徴とするプラスチツクフイルムの高周波による同時接着截断法」であつて、これによりプラスチツクフイルムの接着と截断とを一工程で行うことによつて能率を向上し、かつ、仕上りの良い製品を得られるため、この特許が業界に発表されるや著しい速度で全国に普及しつつあるものである。

(三)  しかるに、債務者佐橋商店は別紙目録記載(一)の物件を、債務者企業組合内山商会は同目録記載(二)の物件を、債務者味岡商店は同目録記載(三)の物件を、債務者中村清商店は同目録記載(四)の物件を、債務者名鑑堂は同目録記載(五)の各物件を、債務者マル正遠藤は同目録記載(六)の物件を、債務者中善は同目録記載(七)の物件を、いずれも、昭和二十九年六月頃から、それぞれ製造、販売、拡布しているが、右物件の製造方法は、いずれも、「一方の平面電極と尖鋭電極を附加した他方の電極との間に、加工物たるビニールフイルム、またはシートの複数枚を挾み、両電極に高周波電流を印加して熔着し、かつ、同一電極の尖鋭部分をもつて、右熔着部分を指先にて切り離し得る程度に截断する」ものであるから、右製造方法は、債権者の所有する本件特許権の権利範囲に属するものであることは明らかである。

(四)  債権者は、調査の結果、右の事実を知るに至つたので、債務者等に対し、債務者等の右製造方法が債権者の本件特許権を侵害する旨を通告したが、債務者等は、いずれも、右の警告にもかかわらず、いまなお右製造方法使用し、かつその方法によつた製造した別紙目録記載の各物件の販売、拡布を継続している。のみならず、本件特許権の実施権者たる東日本高周波ビニール協同組合は、東京、名古屋及び大阪の各業者と連絡をとりつつ、本件特許にかかる方法の普及化及び右組合加入の勧誘に努めたところ、右組合に加入することを好まぬ製造業者及び問屋側は結束して、前記債務者等の製造方法は、債権者の本件特許にてい触しないものであり、しかも、全く同一の結果が得られるものであるから、右特許権使用の必要は存しないとして、文書、あるいは実演をもつて、これを宣伝しているため、前記組合に加入せず、しかも、債権者の許諾を得ることなくして、本件特許権を使用するものが激増しているため、債権者は右組合から実施料の支払をさえ受け得ない状態である。

(五)  よつて、債権者は、債務者等に対し本件特許権に基いて侵害行為禁止の訴を提起すべく準備するとともに、債務者等の右侵害行為によつて蒙る回復できない損害を避けるため、本件仮処分申請に及んだ次第である。

なお、債務者の抗弁事実のうち、債権者が債務者等主張の項、日本高周波株式会社から債務者主張のような通告に接したこと及び債権者が右会社に対して本件特許権の実施を許諾していたことは、いずれも、認めるが、その余の事実は否認する。

債権者は、昭和二十五年十二月頃から翌二十六年六月頃までの間高野泰秋を日本高周波株式会社に派遣して、同社の高周波ミシン及びウヱルダーの完成を援助したほか、資金、技術及び営業面における援助をしていたため、同社は、昭和二十七年十月頃債権者に対し出願中であつた本件特許を受くべき権利を無償で譲渡するに至つたものであるが、当時本件特許出願に対し石上延治によつて異議申立がされ、その処理に苦慮していた折柄とて、右譲渡に際しては何等の条件も附されなかつたものである。もつとも、債権者は、その後、同社の申入れによつて株式会社今泉商店に対し、期限つきで本件特許権の実施を許諾し、かつ、その実施料を右日本高周波株式会社に譲渡したが、債権者は、その後本件特許使用製品に対し統一した証紙を貼付する必要上、右同社及び今泉商店に対し、前記東日本ビニール協同組合に加入するか、または右両社のビニール製品に右組合の使用する証紙と同一のものを貼付するよう申し入れたところ、右日本高周波株式会社は、債務者等の主張する三つの事項についての申入れをするに至つたので、債権者は、(イ)日本高周波株式会社に対しては、従前どおり、本件特許権の無償実施を認める、(ロ)株式会社今泉商店に対する空気入ビニール製玩具についの実施権設定には応じられない、(ハ)日本高周波株式会社からの機械購買先に対する実施権設定は認められないが、その購買先の通知があれば、債権者において買主と交渉のうえ、特別取り扱う旨を回答し、その後、右今泉商店に関する問題については、債権者が直接交渉した結果、右同社の製品に前記組合の使用する証紙と同一のものを貼付することで解決したが、(ハ)の点については、右日本高周波株式会社から何等の通知にも接しないまま今日に至つている。従つて、本件特許を受くべき権利の譲渡に際しては、何等の条件も存しなかつたものである。

債務者等の主張

(申立)

債務者等訴訟代理人は、「債権者の本件各仮処分申請は、いずれも却下する。」との判決を求め、その理由として、次のとおり、陳述した。

(理由)

債権者の主張事実のうち、債権者が、特許原簿上本件特許権利者として登録されていること、右特許権の目的、要領並びにその権利範囲が債権者主張のとおりであること、債務者等(債務者名鑑堂を除く。)が債権者主張の頃からその主張する物件を販売していること、債務者名鑑堂が債権者主張の頃から別紙目録記載(五)の(1) の物件の製造、販売及び同(五)の(2) の物件を販売していること、右(五)の(2) の物件が債権者の本件特許にかかる方法によつて製造されたこと及び債務者等が債権者から債権者主張のような通告に接したことは、いずれも、認めるが、債権者が本件特許権の権利者であること、債務者等が別紙目録記載の各物件(但し、債務者名鑑堂の前記(五)の(1) の物件を除く。)を製造していること及び債務者等の右目録記載の各物件(但し、債務者名鑑堂の前記(五)の(2) の物件を除く。)の製造方法が、債権者の主張するとおりであり本件特許の権利範囲に属することは否認する。

(一)  債権者は、本件特許権の権利者ではない。すなわち、本件特許権利者であつた日本高周波株式会社は、昭和二十八年三月二十二日債権者に対して右特許権を譲渡するに至り、譲渡の条件として、(イ)債権者は、右同社に対し無条件で本件特許権の実施を許諾すること、(ロ)債権者は、株式会社今泉商店に対し、空気入ビニール製玩具の製造に限つて右特許権の実施を認めること、(ハ)債権者は、右日本高周波株式会社から機械を購入した者に対し、右特許権の実施を認めることを提案したが、結局右三条件を確定するに至らなかつたので、右条件は後日両者協議のうえ確定すること、もし協議調わない場合は本件特許権譲渡契約を解除することができる旨の約定のもとに譲渡されたものであるが、その後、右日本高周波株式会社は、前記条件を決定すべく、書面、または口頭をもつて、しばしば交渉したが債権者の不当な要求のため、昭和三十年五月十日右交渉は決裂するに至つたので、同年六月八日到達の書面をもつて、債権者に対し、本件特許権譲渡契約解除の意思表示をしたから、右譲渡契約は同日限り適法に解除され、本件特許権は、右同社に復帰したものである。

(二)  債務者等の前記各物件(前記(五)の(2) の物件を除く。)の製造方法は、本件特許権の権利範囲に属しない。すなわち、

(1)  本件特許権は、その名称において「プラスチツクフイルムの高周波による同時接着截断法」という名称が示されており、「プラスチツクフイルム」に対する加工方法として特許されたものであり、「プラスチツクシート」に対する加工方法として特許されたものではない。通常「プラスチツクフイルム」とは、プラスチツク生地の極めて簿いもの、すなわち、生地の厚さ〇、二粍以下のものを指し、それ以上の厚さを有するものは「プラスチツクシート」と称し、しかも、前者は、玩具、雨具、風呂敷、エプロン及び農業用温床覆(これについては特に工業規格の制度もある。)等布、または紙の代用としての分野に用いられ、後者は、袋物、鞄、ベルト、文房具、椅子張及びスリツパ等皮、ゴム、または帆布の代用として用いられ、もつて、両者は、用途においても、その分野を異にし、かつ、本件特許の方法によるときは上部電極が楔形をしているため、加工物の熔着面積が狭くなり、「プラスチツクシート」に対する加工方法として不適当である等、それ等に対する加工方法も、それぞれ異り、「プラスチツクフイルム」に適当な加工方法は、必ずしも「プラスチツクシート」に適すると限らないのみならず、「プラスチツクシート」の加工には、「プラスチツクフイルム」におけるそれと異つて、熔着部分に模様を刻することもできるのである。しかして、債務者等はいずれも、プラスチツク生地の厚さ〇、五粍前後のもの、すなわち「プラスチツクシート」を使用するものであるから、本件特許権の権利範囲に属しない。

(2)  (イ)債務者等(債務者名鑑堂を除く。)の販売にかかる前記各物件の製造方法は、「一方の電極の上に高周波絶縁物を置き、これと平面なる上部電極との間に加工物を挾み、上部電極をもつて加工物たる「プラスチツクシート」を適当な点まで下圧して電流を通じ、巾広く熔着したうえ、上部電極の切板(外枠)のみを更に下圧し、もつて熔着部分の一部を截断する方法」、すなわち、熔着と截断を二工程で行う方法であるのに反し、本件特許による方法は熔着と截断とを一工程で行われるものであるから、両者が、その方法を全く異にするものであることは明らかである。

(ロ) 次に、債務者名鑑堂の別紙目録記載(五)の(1) の物件に対する製造方法は、「加工物の下面に四本ずつの筋模様を刻するため、筋模様を刻した金属板を下部電極とし、その上に、絶縁物を置かずに、直接加工物「プラスチツクシート」を置き、高周波電極を印加し上部電極を下圧して熔着するを第一工程とし、第二工程は、刃物で截断する方法」であるから、右の方法は、下部電極の上に絶縁物を使用しないこと及び刃物で截断することを第二工程とする点において、本件特許権の権利範囲に属しないものである。そこで、債務者名鑑堂外十一名のものは、昭和三十年六月六日特許庁に対し、右の方法が本件特許の権利範囲に属しないことの確認審判の申立をした次第である。

(三) 仮に、以上の主張が理由ないとしても、債務者名鑑堂の販売にかかる別紙目録記載(五)の(2) の物件は、日本高周波株式会社から購入したものであるが、同社は、本件特許権を債権者に譲渡するに当つて右特許権の実施許諾を得ているものであるから、債務者名鑑堂が、右物件を他に販売することは、本件特許権の侵害にならない。

(四)  以上のとおりであるから、債権者の本件各仮処分申請は、いずれも、失当として、却下さるべきである。

第二疎明関係〈省略〉

理由

一  本件特許権利者が債権者であるかどうか及び右特許権の権利範囲について

債権者が現に特許原簿上本件特許権利者として登録されていること及び右特許権の目的、要領並びにその権利範囲が債権者主張のとおりであることは、いずれも、当事者間に争いがない。

債務者等は、債権者は実質上本件特許権の権利者ではない旨主張し、その理由として、日本高周波株式会社は、昭和二十八年三月二十二日債権者に対して本件特許権を譲渡するに際し、債務者等主張の三つの事項を協議のうえ決定すること、もし、協議調わない場合は本件特許権譲渡契約を解除することができるとの約定をしたが、結局、右事項は協議不調に終つたため、昭和三十年六月八日到達の書面をもつて、右譲渡契約を解除したから、本件特許権は、右同社に復帰したと主張するので、まず、この点について判断するのに、右同社が債権者に対し、債務者主張の頃、その主張のような契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いのないところであるが、仮に、右同社が、本件特許権の譲渡契約に関し債務者主張のような条件附解除権を有していたとしても、乙第十四号証、同第十六号証及び甲第一号証をもつてしては、いまだ、右同社が本件特許権の譲渡に当つて、債権者に債務者等主張の三つの事項を提案したこと、及び右各事項が協議不調に帰したこと、換言すれば、条件附約定解除権の行使に必要なところの条件成就の事実を認めることはできず他に、これを認めるに足る疎明もない。そうすると、日本高周波株式会社から債権者に対する前記契約解除の意思表示は、債務者等の主張するような効果を生じなかつたものといわなければならないから、債務者等の右主張は採用することができない。

従つて、債権者は、なお、本件特許権の権利者であるといわざるを得ない。

二 債務者名鑑堂を除くその余の債務者等(以下、この項において債務者等という。)の別紙目録記載の各物件(但し、同目録記載(五)の(1) 及び(2) の物件を除く。)の製造方法が、債権者の本件特許権の権利範囲に属するかどうかについて

(一)  成立に争いのない甲第四号証の一から四、同号証の六、七、同第五号証の一、三、四、七の各(イ)、(ロ)、同号証の二の(イ)から(ニ)、同号証の六の(ハ)、(ニ)、乙第二号証、第十一号証、同第十二号証の一、二、同第十三号証、証人端山五一の証言(第一回)によつて成立を認め得る甲第十四号、債権者本人の供述によつて成立を認め得る甲第三号証及び証人神谷和一の証言によつて成立を認め得る乙第一号証、証人端山五一(第一、二回)、前田正、深尾政彦、金定金市、及び債権者本人の各供述、右債務者等の下請業者が使用しているものであることについて争いのない検乙第二、第三号証、同債務者等の下請業者が製作したものであることについて争いのない検乙第四号証、債務者佐橋商店の下請業者が使用しているものであることについて争いのない検乙第六号証並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、債務者等の前記各物件の製造方法は、従来のプラスチツク生地に対する加工方法を改良したものであり、一方の平面な電極の上に高周波絶縁物を置き、その上に加工物たる複数枚の「プラスチツクシート」を載置し、これに切板(外枠)が摺り効くか、または内側の枠がバネ仕掛けではね上るように、先端が細巾で板状である二つの電極を結合した上部電極の先端を揃えて、両電極に高周波電圧を印加し、上部電極をもつて加工物を適度に押圧することにより、その尖端に電気力線を集中して加工物に相当程度の歪みを与えて熔着させ、そのまま上部電極の切板のみ、または内側の電極をバネではね上げ尖刃部を有する外側の電極をもつて、更に、加工物の低部に達する程度に押圧して、加工物を指先にて引き離し得る程度に截断するものであり、これにより経費の節約と能率の向上を目的とするものであることを、一応推認することができ、これを覆すに足る明確な疎明はない。

(二)  そこで、右の製造方法と、本件特許発明にかかる方法との異同を考えるに、右両者は、従来のプラスチツク生地に対する加工方法の改良を目的とし、経費の節約と能率の向上を図り得る点及び一方の電極の電極板上に高周波絶縁物を置き、これと他方の上部電極との間に加工物たるプラスチツク生地を狭み、両電極に高周波電圧を印加し、上部電極をもつて加工物を適度に押圧することにより上部電極に電気力線を集中し、加工物に相当の歪みを与えて熔着し、かつ指先にて引き離し得る程度に截断する点において異るところがないのみならず、右両者の製品がいずれも外観上ほとんど区別がつかずしかも、その効用の点において遜色のないことは、成立に争いのない甲第五号証の一、三、四、七の各(イ)、(ロ)、同号証の二の(イ)から(ニ)及び同号証の六の(ハ)、(ニ)、証人深尾政彦の証言並びに、本件特許による方法で製造したものであることについて争いのない検甲第三号証によつて、一応、推認することができる。

そこで、債務者等の主張するように、債務者等の使用する加工物が「プラスチツクシート」であること及び製造方法が二工程によることによつて、債務者等の前記各物件の製造方法が債権者の本件特許権の権利範囲に属しないものであるかどうかについて、順次判断する。

(イ)  本件特許の名称が、「プラスチツクフイルムの高周波による同時接着截断法」であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第四号証から第六号証、同第十一号証、同第十二号証の一、二及び同第十三号証、証人神谷和一、深尾政彦の各証言並びに債務者名鑑堂代表者本人宮本栄太郎の供述を綜合すると、ビニール生地の販売、加工業者間等においてはビニール生地の厚さ〇、二粍以下のものを通常「プラスチツクフイルム」、それ以上のものを「プラスチツクシート」と称し、右両者は、それぞれ用途面における分野を異にするものであることを肯認できるが、他方、証人端山五一(第一回)の証言によつて成立を認め得る甲第三号証、証人端山五一(第一回)、神谷和一の各証言、本件特許の方法に使用するものであることについて争いのない検甲第二号証、債務者等下請業者が使用しているものであることについて争いのない前記検乙第二、第三号証及び同第六号証を綜合すると、プラスチツク生地の透明なるものは、〇、二粍以上の厚さを有しても「プラスチツクフイルム」と称されることもあり、前記両者の区別は、しかく明確なものではなく、もち論、講学上の区別も存せず、最近のプラスチツク生地の需要増大に伴つて生じた便宣上の区別であるばかりでなく、債務者等の前記製造方法に使用する上部電極は、いずれも、その巾が狭いから、その角縁における電気力線の集中度は、本件特許発明に使用する尖鋭なる上部電極を使用する場合と大差なく、従つて、いわゆる「プラスチツクシート」に加工する場合においても特殊の考案、技術を要することなくして、「プラスチツクフイルム」に対する場合と同様の効果を挙げ得べきことを推認し得べく、これにてい触する証人深尾政彦の証言は、前顕各疎明に照らし、たやすく措信し難く、他に、これを覆すに疎明はない。しからば、右両者の区別は、プラスチツク生地の厚薄による便宣上の(従つて、その限界もはつきりしない)区別に過ぎないものというべく、他に、いわゆる「プラスチツクシート」の加工法を本件特許の権利範囲から除外するのが適当であると考えられるような特段の事由も認められないから、いわゆる「プラスチツクシート」に対する加工方法も右特許の権利範囲に含まれるものと解するを相当とする。

(ロ)  次に、証人端山五一(第一、二回)、深尾政彦及び債権者本人の各供述を綜合すると、債務者等の前記製造方法において、上部電極の外枠を内枠から摺り下し、または、一方の枠をバネではね上げ尖刃部を有する他の枠のみを上部電極とし、上下両電極に高周波電圧を印加して上部電極により加工物の低部に達する程度に押圧あるときは本件特許発明と全く同一の同時熔着截断の効果が得られることを一応、推認するることができる。従つて債務者等の前記二工程による製造方法は本来必ずしも、この二工程を必要とするのではなく、いずれかの工程は、これを省略し得るものであると見ることができる。しかして、特許権の権利範囲の判定において、本来一工程でできることを、特段の合理的な理由も必要もないにかかわらず、(本件において、このような必要なる理由のあることについては、明確な疎明を欠く。)ことさらに、二工程とする方法で製造するからといつて、これを別口の製造方法と認めることは、適当ではないことは、多くの説明を要しないであろう。しからば債務者等の前記製造方法は、本件特許発明と同一の方法であるというべく、これにてい触する乙第一、第二号証同第七、八号証、同第十第十一号証、同第十二号証の一、二同第十三号証の各記載及び証人神谷和一、深尾政彦、金定金市、佐藤久太郎の各供述は、にわかに措信し難く他に、これを覆するに足る疏明はない。

これを要するに、以上の事実関係によつて明らかにされたところによると、債務者等の前記製造方法は、その基本的考案、方法及び効果の点において異るところがなく、結局本件特許権の権利範囲に属するものと断ぜざるを得ない。

(三)  しかして、債務者等は、昭和二十九年六月頃から、債権者主張の各物件をそれぞれ販売していることは、いずれも、当事者間に争いがなく別紙目録記載(三)及び(七)の物件がそれぞれ、債務者味岡商店及び同中善の製造にかかるものであることは、証人深尾政彦の供述によつて、一応、認められる(右供述によると、右の各物件は、いずれも、右債務者等の下請業者の製造したものであるが右両債務者は、その製造に必要なる金型(電極)をも、みずから注文、支給して、これを製造させている事実が推認できる。)が債務者佐橋商店同内山商会、同中村清商店及同マル正遠藤が、その販売にかかる前記各物件を製造していることは、債権者の全疏明をもつてしても肯認することができないばかりでなく、かえつて証人深尾政彦、佐藤久太郎、金定金市の各証言によると、右債務者等は、いずれも、他の業者から、その製造にかかる前記各物件を購入している事実が推認される。

しからば、債務者等は、それぞれ、前記各物件を製造(但し、債務者味岡商店及び同中善について)又は販売、拡布することによつて、債権者の本件特許権を侵害しているものといわなければならない。

三  債務者名鑑堂が別紙目録記載(五)の(1) 、(2) の物件を製造販売することが、本件特許権の侵害となるかどうかについて

債務者名鑑堂が、昭和二十八年六月頃から別紙目録記載(五)の(1) の物件を製造、販売し、同(2) の物件を販売していること及び右(2) の物件が債権の本件特許にかかる方法によつて製造されるものであることは、いずれも、当事間に争うところではあるが同債務者が前記(2) の物件を製造していることは、債権者の全疏明をもつてしても、これを肯認することができない(むしろ、同債務者が、右(五)の(2) の物件を日本高周波株式会社から購入しているものと認むべきことは後に説示するとおりである。)

成立に争いのない乙第十六号証、甲第八号証の(ハ)、(ニ)、債務者名鑑堂代表者本人宮本栄太郎の供述並びに右債務者の製作したものであることについて争いない検乙第一号証、同債務者の使用するものであることについて争いのない同第五号証を綜合すると、

債務者名鑑堂の別紙目録記載(五)の(1) の物件の製造方法は、筋模様を刻した下部電極の上に、直接加工物を置き、両電極に高周波電圧を印加した上部電極(枠は一重)をもつて加工物を押圧し、よつて右被加工物を熔着する第一工程と、次に、これを特殊な截断機により八回にわたつて截断する第二工程からなすものであること及び右第二工程は、同債務者の製品(手帳)の仕上、とくに、その切口をきれいによるため必要欠くべからざるものであることを一応、推認し得べく、これを覆すに足る疏明はない。

はたして、債務者名鑑堂の前記物件の製造方法が、右に説示したとおりである以上、右製造方法は、本件特許の主要なる同時接着截断の点において、その方法を異にするものであること明らかであるから、債務者名鑑堂の前記(五)の(1) の物件の製造方法は、本件特許の権利範囲に属しないものといわなければならない。

四 次に債務者名鑑堂は、別紙目録記載(五)の(2) の物件は債権者から本件特許権の実施許諾を得た日本高周波株式会社から購入したものであるから債権者の本件特許権侵害とはならない旨主張するので、判断するに、債権者が右会社に対し、本件特許権の実施を許諾していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第十五第十六号証及び債務者名鑑堂代表者本人宮本栄太郎の供述を綜合すると債務者名鑑堂は、右日本高周波株式会社から、同社の製造にかかる別紙目録記載(五)の(2) の物件を販売拡布するため、そのことの承認を得て、購入している事実を、一応、推認することができ、これを覆すに足る疏明はない。しからば債務者名鑑堂の右物件の販売、拡布が債権者の本件特許権を侵害するものとはいい得ないことは、多言を要しないところである。

五  本件仮処分の必要性について

進んで、債務者名鑑堂を除くその余の債務者等に対する本件仮処分の必要性について考えるに、債務者等の、現に、製造または販売にかかる別紙目録記載の各物件(但し、同目録記載(五)の(1) 、(2) の物件を除く。)の製造方法が、本件特許権の侵害に該当することは、前に説示したとおりであり、債権者等に対し、右物件の製造方法の使用が本件特許権侵害となる旨の警告をしたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証、同第九号証、同第十二号証の一から四及び同第十三号証、証人前田正、深尾政彦及び債権者本人の各供述並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、

(1)  債権者は、昭和三十年五月十三日東日本高周波ビニール協同組合に対し、本件特許権につき(イ)範囲、本件特許発明の使用並びにこれにより製した物件の販売、拡布、(ロ)期間昭和三十年四月一日から満五年、(ハ)実施料年額最低金三百万円の約定で、実施権を設定し、右組合は、使用料を徴して組合員に本件特許の使用を許していたこと。

(2)  右組合は、東京、名古屋及び大阪の各ビニール加工業者と連絡をとつて、本件特許発明の説明会等を開催し、これが普及並びに組合加入を宣伝勧誘したが、右加入を好まない業者等は、日本高周波加工連盟、袋物高周波加工連盟、大阪袋物協会等を組織して、債務者等の前記の製造方法が、本件特許権侵害とならない旨を宣伝するに至つたため、全国約二千名に及ぶこの種加工業者のうち、右組合に加入した者は約二百八十名程度に止つたこと。

(3)  右組合員も、また右のような事情から前記使用料の支払いも怠りがちであつたため、前記組合は、昭和三十年四月一日から同年八月三十一日までの間において、約二百三十万円の得べかりし利益を喪失し、この状態が、今後も、なお継続する状況にあるため、債権者は、事実上前記最低実施料の完済を受け得ないおそれのあること。

(4)  債務者等は、前記製造方法を使用し、または、これによつて製造された物件を販売することにより毎日相当額の収益を挙げているのみならず、いずれも、この種業界における有力な地位にあるものであり、債権者の蒙るであろうところの右損害の発生につき、少なからざる影響を与えていることを、一応推認し得べく、他に、これを覆すに足る疏明はない。

六  むすび

よつて、債権者の債務者名鑑堂を除くその余の債務者等に対する本件仮処分申請は、右に説示した仮処分の必要性等を勘案のうえその権利を保全するために必要な措信としては、債権者において、右債務者等のため金五十万円の保証を立てることを条件として、主文掲記の仮処分を命ずるを相当と認め、債務者名鑑堂に対する本件仮処分申請は、却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十三条、第八十九条を適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判官 三宅正雄 可知鴻平 長久保武)

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